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【小説(艦これSS)】赤城「懐かしの峠」

※この作品は事実を元にしたふんだんに脚色したフィクションであり、「艦これ」の2次創作です。ある程度、本などを参考にはしていますが時刻等違っていたらごめんなさい。

 

目次

・プロローグ 峠の写真

・第1章 廃止への春 〜峠の日常〜

・第2章 5重連 〜峠最後の夏〜

・第3章 時来たる日 〜峠最後の日〜

・第4章 単171レ 〜2号機 不帰 ( かえらず ) の旅路〜

・第5章 362Mから3037M 〜あさま最後の峠越え〜

・終章 単9176レ最後の旅路 〜さらば碓氷峠、さらばロクサン〜

・エピローグ 時は流れて 〜峠のその後〜

・本文注釈

 

 

プロローグ 峠の写真

 

2019年某日

うららかな日差しの中、執務室で書類や仕事を進める提督。

そんな中、秘書艦の飛龍がお茶を持ってくる。

そのお茶を波穏やかな海原のような気持ちで飲んでいる。

過去の資料を読んでいた。その中に要港整備の歴史と鉄道の歴史が記されている本があった。

提督「そうか……、今年で呉や佐世保は130年……」

そんな本から数枚の写真が落ちる。

飛龍「提督、落ちましたよ……って、昔の電車の写真ですか」

提督「すまない、……ってこんな写真がなんで?」

裏面で落ちた写真には

1997年眼鏡橋ロクサンとあさま』

と達筆で書かれた文字。

提督「じいさまのか。1年経ってこんなとこから出てくるとはね」

飛龍「去年、亡くなられたおじい様が撮影した写真ですか。提督から聞いた通りで本当に上手い構図ですね。雑誌とかで掲載されていそうな写真です。」

提督「ほかにも見てみるか?2番目の引き出し開けてみ?」

おもむろに引き出しを開ける。そこには大量のアルバムがあった。

飛龍「わ!こんなに」

しみじみと写真を眺める。

提督「なつかしいなぁ。」

飛龍「あ!これもしかして!」

そこにはJRの帽子をかぶり、ぎこちなく敬礼している幼き頃の提督の写真があった。

「かわいいですね」

ふと見上げると、笑顔の赤城がいる。

提督「恥ずかしいからやめてくれ……って、いつの間に!」

赤城「ノックをしたのですが返事がなかったのでつい」

提督「それはすまんかった」

飛龍が1枚の写真を手渡してきた。

飛龍「これ、どこです?裏面にも書いてなかったので……」

提督「おお、丸山変電所跡じゃん。これ」

赤城「あら、提督、懐かしい写真ですね。」

赤城の言う写真には煉瓦造りの建物の横を白と緑の電車と青とクリーム色に塗装された機関車が急な坂を下りてくる様子が写されている。

提督「おお、赤城は知っているのか。この区間。」

赤城「ええ。知っているも何も、昔、乗務したこともありますよ。」

榛名「失礼します。あ、赤城さんに提督。何を見て……」

机に目を向ける榛名。

榛名「懐かしい写真ですね。」

提督「なに、榛名も知ってるの?」

榛名「ええ、私も赤城さんと同じく。」

提督「すげーな、おい」

バン!と勢いよくドアが開く

金剛「テートク、ティータイムね!」

提督「静かに開けなさい!金剛も来たことだし、休憩にするか」

赤城「そうですね。休憩がてら久々に懐かしいお話でもしましょうか」

 

1989年、平成が始まったこの年、東日本旅客鉄道はあることを表明した。

 

『整備新幹線開業と引き換えに在来線篠ノ井〜横川間の廃止を行う』

 

その際、篠ノ井〜軽井沢は官民合同の第三セクターによる運営が決定した。(※1)

しかし、ある区間は廃止が決定された。

 

その区間は横川から軽井沢区間。通称、横軽。

いわゆる碓氷峠である。

東の碓氷、北の板谷、西の瀬野八と言われる鉄道の難所である。

鉄道唱歌にも唄われるこの区間。

「これより音にききいたる碓氷峠のアプト式歯車つけておりのぼる仕掛は外にたぐいなし」

「くぐるトンネル二十六ともし火うすく昼くらしいずれは天地うちはれて顔ふく風の心地よさ」

―――鉄道唱歌第4集北陸編より

この区間は全列車、特別装備で補助機関車を連結して運行する。

その補助機関車がEF63形電気機関車である。この機関車が登場した際に当時、日本国有鉄道が編集したトラベルフォトニュースにはこう掲載された。

 

『碓氷峠越えに強力機関車 信越本線』

『急勾配に高性能を発揮する新鋭機関車EF63

 

第1章 廃止への春 〜峠の日常〜

 

 

時は1996年春。新鋭機関車も今では、風景の一コマになっている。

信越本線、碓氷峠廃止まであと約1年。

横川運転区。

ここにすべてのEF63が所属している。

出区の点呼を行う赤城。

横川運転区区長「最近、沿線に人が多いから気を付けて。」

赤城「はい。わかりました。それでは行ってきます!」

区長「安全第一で!行ってらっしゃい!」

準備を終え、庫4番線から車庫との境界地点に当たるP地点へ移動する。

赤城「P地点、一旦停止、識別点灯、入換進行、進路、下り入換」

入換信号に従って、横川運転区を出区。

桜の季節になり、小諸など花見へ向かう乗客を満載した特急が横川駅にやってくる。

国鉄時代から変わらない紺色のナッパ服を纏って赤城がEF63に乗っている。唯一変化したものと言えば帽子の動輪マークからJRロゴに変わったことだろうか。

赤城「さーて、今日のあさまは……、満員ね!」

時刻表には『現車、9輛、換算42.0車』の記載がある。

特急あさま

当時、上野から信越方面をつなぐ特急として活躍していた。クリーム色に赤帯の国鉄色と白地に緑帯のあさま色があった。

そのほかにも特急そよかぜ、急行能登、特急白山、普通列車、過去には長野電鉄直通急行志賀、急行信州、特急白鳥など様々な列車がここをEF63の導きで通過した。

 

横川駅3番線に特急あさまが入線する。停車するとすぐにドアが開き、構内に「かまーめーし、かまーめーし」の声が響く。

乗客は一斉に釜飯を買いに出ていく。そんな情景が日常だった。

そんな日常を横目に、機関車の入換、増結が始まる。

赤城「識別点灯、入換進行!進路4番!」

喚呼をし、汽笛を鳴らす。

ピィーー

カタッ

カタッ

機関車のマスコンハンドルを引いていく。

ガコン

振動とともにEF632両が動き出す(※2)

ある程度加速をしたところでノッチオフ。

ブレーキの操作に入る。

一旦停止の標識でいったん止まる。

すると黄色のヘルメットを付けた係員が赤旗と緑旗の持つ部分を合わせる。

夕張「連結!」

赤城はその合図を確認し、再びブレーキを緩めて、機関車を進める。

緑旗を横に振り、誘導をする夕張。

10m手前で一旦停止。汽笛を鳴らしてさらにあさまに近づける。

再度、3m手前で一旦停止。

明石「よっこいしょっと。」

連結器を並連から密連に切り替える(※3)。

さらに機関車を近づける。

そして、静かにあさまの後ろに連結された。

ここからは時間との勝負。

停車時間はわずか3分。

その間にやることは多い。

明石はさっと身軽に連結器を乗り越え、反対側の配線があるジャンパ連結器を手早く繋いでいく。

 

同じころ機関車では呼び出しのブザーが鳴る。

『―・・―  ―・・―』

赤城「お疲れ様ですー。お願いします!」

吹雪「おねがいしますー。制動試験、ブレーキ緩解」

赤城「はい、緩解」

圧力計の針を見ながら、自動ブレーキ弁(※4)のブレーキハンドルを操作する。

針は正常に動いている。コンプレッサーが止まる。

吹雪「はい、込まったら制動お願いします。」

赤城「はい、込まったら制動。」

今度はブレーキをかけていく。針が上がっているのを確認する。

すぐに赤城はスイッチ関係とあるものを確認。

赤城「ATS正常、協調点灯確認。」

協調。

この区間、独特の運転だ。

機関車からすべて加速減速を行う。つまりこの区間は1番後ろの赤城が運転士になる。

では、前方のあさま運転士は何をしているかというと、前方の確認、信号の確認、そして万が一のときに非常ブレーキを扱う の3つである。

続いて赤城がノッチを1つ入れる。

赤城「動作よし。」

電車3ユニットのモーターが動作していることを確認する。

汽笛を鳴らす。

赤城「漏れなしです。」

吹雪「漏れなし了解。では緩解願います。」

赤城「はい緩解。」

シャー。

エアーが出る音が響く。

再度、針を見ながら確かめる。これが出発前に異常を感じる最後の機会だ。

プルルルルルルル……

駅構内に発車ベルが鳴り響く。

磯波「特急あさま長野行き、ドア閉まります!」

車掌がドアを扱う。

磯波「閉扉よし!」

ドアが閉まったのを確認すると赤旗を絞り高らかと頭上に上げた。出発合図だ。

吹雪「よし……、制動試験完了。制動軸数100%、4番出発進行!」

赤城「制動軸数100%、4番出発進行!」

ピィィィィーーーーーー

汽笛が妙義の山間にこだまする。

いよいよ、山登り11.2キロが始まる。

吹雪「発車!出発進行。お願いします!」

赤城「発車ァー!出発進行。はい、お願いします!」

ノッチを入れるとゆっくり動き出す。同時にブロアー(※5)の起動が始まる。

ブォォォォーーーンーーー

赤城「定時、電流よし!」

カタカタカタカタカチッ……

バーニア制御により抵抗が徐々に進段とともに抜かれていく。

赤城「ATS白色点灯、下りヨシ、協調ヨシ、動作よし!」

釜飯売り「ありがとうございましたー」

発車する列車に売り子がお辞儀をする。

ここではこれが日常だ。

列車はどんどん加速していく。

赤城「磯波ちゃん、お疲れー!行ってきます!」

磯波「赤城さん、いってらっしゃーい!」

赤城が窓から手を上げる。

それに応える磯波。

速度計はホーム端で32km/hを指している。

横川駅の近くで満開に咲き誇る桜を横目にいよいよ25 ( パーミル ) から始まる、最急勾配66.7‰へと挑んでいく。

モーターが唸りながらさらに加速していく。

中仙道の踏切を通過。ここまでですべてのノッチを投入し終えてさらに加速していく。

吹雪「第一閉塞(※6無閉塞運転禁止)進行!お願いします!」

赤城「第一閉塞進行、よろしくお願いしますー!」

霧積川を横手に見ながらまだ、真新しい高架橋である上信越自動車道の下を通過する。

赤城「今日もいっぱい来てるわねぇ……」

沿線に構えるカメラマンの数に感心しつつ、計器を確認。

すると間もなく、煉瓦造りの廃屋が見えてきた。

旧丸山変電所だ。

このあたりから勾配がきつくなり始める。60km/h近く出ていた速度も一気に落ち始め、機関車も唸っているのが聞こえてくる。急勾配区間に入り始めたのだ。

赤城「電流480A、架線電圧1450V、速度42km/hっと……」

サクッと業務日誌に記入を済ませる。

助手側には釜飯が風呂敷に包まれて置かれている。いつも軽井沢で食べてから峠を降りてくるのが彼女の乗務スタイル。

釜飯が空にならなかった日は機関車故障など、異常があった時だ。

このため、一部の整備士では空釜の女神と呼ばれていた。

短いトンネルを一つ。

そして、長いトンネルに入った。

グオォォォ――

EF63はなおも唸りをあげて、登っていく。

暗闇に計器灯の薄明かりの中、EB装置(※10)の警告音が鳴ると同時にリセットスイッチを押す作業を繰り返す。

急に外が明るくなる。

碓氷川橋梁だ。

アプト線時代の煉瓦造りの橋と碓氷湖を見ながら新緑の中を列車が通過していく。

赤城「うん、今日も良い天気ね。終わったら碓氷湖でも行こうかしら。」

すぐにまたトンネルに入る。

また暗闇をしばらく進む。

吹雪「場内中継進行!」

赤城「中継進行。」

いよいよ中間地点の熊ノ平信号場だ。

吹雪「熊ノ平通過」

赤城「熊ノ平通過」

時刻表を確認する。

吹雪「熊ノ平場内進行!」

赤城「場内進行!」

ピィッ

汽笛がトンネル内に響き渡る。

トンネルの照明が1つだけ縦になっている場所を通過した。

赤城「シリスパラー(直並列段)」

ノッチを1つ落とす。

まだ、勾配の途中だけあって一気に速度が落ちる。

吹雪「出発中継進行!」

赤城「中継進行。」

吹雪「出発進行!」

赤城「出発進行!」

ピィッ

再度、汽笛を鳴らす。

赤城「パラー(並列段)」

ノッチを再び全投入する。

再び列車が加速しだす。

外が明るくなる。

唯一の平坦部の熊ノ平信号場だ。

駅時代のホーム跡を見ながらさらに加速していく。

ここの構内の隅には昭和25年に発生した土砂災害の慰霊碑と母子像が置かれている。その脇にはひっそりとJR一ノ宮『熊ノ平神社』も。

今日も峠の女神はロクサンと通過する列車の安全を熊ノ平信号場で見守っている。

変電所を横目に見ながら再びトンネルに飛び込む。

ここから再び速度が落ち始めた。下り線で一番勾配がきつい区間に入ったのだ。

再び、赤城が計器を確かめる。少し平地より電圧が高めになるが正常の範囲にあることを確認した。

いくつのトンネルを越えたであろうか。

吹雪「中継進行」

赤城「中継進行」

吹雪「第一閉塞進行(無閉塞運転禁止)」

赤城「第一閉塞進行」

吹雪「軽井沢停車、4番着です」

赤城「はい、軽井沢停車、4番」

再び、赤城は時刻表を確認する。

赤城「いよいよね……」

再び熊ノ平の手前にあったものと同じ照明が通過した。

それを確認すると、赤城はノッチの段数を下げていく。

吹雪「場内中継制限」

赤城「中継制限」

列車の速度が落ちる。

吹雪「4番場内注意!お世話になりましたー」

赤城「4番場内注意!どーもお世話になりました!」

ピィッ

お礼の汽笛を鳴らす赤城。

トンネルを抜け外が明るくなる。

横には冬場、スキー場になるゲレンデの草原が広がっている。

信州軽井沢だ。

窓から入る高原の風はさわやかで少し冷たい。

進行方向を確認して、ノッチオフしてブレーキをかける準備をする。

ブレーキばかりは、何時になっても難しい。

その日の天候、機関車の癖、乗車率、列車の種別などによって変わってくるからだ。

そして一番の要因はカンでかけるのでその日の自分の心身の調子である。

赤城の目つきが変わる。

全神経を集中して、自動ブレーキ弁を操作する。

全身で減速する感覚をつかみブレーキを加減していく。

そして列車は停止目標に振動もなくピタリと停車した。

赤城「ふぅ……」

一息つく。

赤城「毎度、緊張するのよねー」

停車をすると待機していた係員が急いでジャンパ連結器を外す。

係員の合図で少しだけバックをかけた後、連結テコを上げて解結の合図を出す。

ピィッ

赤城「前」

あさまからEF63が離れる。これで山登りの案内はおしまいだ。

入換信号に従って、機待ち線に入る。

特急あさまも無事に出発していった。

ちょうど助手側に置いておいた釜飯も暖まったようだ。

意気揚々と釜飯をほおばる。

その顔には、一仕事を終えたという、満面の笑みであふれていた。

 

 

 

赤城「いやぁー、あの1度押し上げる度の釜飯がおいしかったなぁー」

榛名「あぁ、それで横川運転区で空釜の女神って呼ばれてたんですね」

金剛「なんかスゴイデース」

提督「金剛も大概だけどな」

金剛「テートク、何を言ってるデース」

榛名「そうですよ。普通の量しか食べてないじゃないですか」

提督「誰が食い物って言った。その紅茶の量だ。紅茶!」

そこにはすでにティーパックが山のように置かれていた。

おそらく、100はあるだろう。

提督「ところで榛名は赤城と一緒だったって言ってたな」

榛名「はい少し時は進みますけど……」

 

 

 

 

 

第2章 5重連 〜峠最後の夏〜

 

 

長野冬季五輪を翌年に控えた1997年夏。

山の木々は青々と茂り、蝉は鳴き盛り、学生たちは夏休み。海へ、山へ、各地のレジャー施設へと今日も列車が行く。

もちろん、ここ碓氷峠も例外ではなく、特急街道である信越本線の要として多くの列車を通過させていた。

加えて、発表されていた廃止日まで2ヶ月しかないこともあり、多くの団体臨時列車が運転。一般向けの臨時列車も走っていた。

中には非冷房の旧型客車が通過した日も。

 

北陸新幹線長野までの先行開業。

いわゆる長野新幹線だ。

その日付は10月1日。

つまり、ここ碓氷峠は9月30日までだ。

 

すでに新幹線軽井沢駅が出来上がっている。各種設備の試運転列車や最後の開業前の総合監査、乗務員訓練が行われている。

その真横をあと僅かな使命を全うすべく、今日もEF63の導きで列車が峠を下りていく。

 

が、この日は少し様子が違った。

酷使をしたせいだろうか、この日一つのペアを組んでいたEF63が車両故障を起こしていた。

軽井沢駅乗務員控室。

「榛名さん」

榛名「はい、何でしょう」

「機関車が故障したからそのペアと一緒に、団臨で峠を下りてくれ」

榛名「ということは4+1の機関車で峠を下りるんですか?」

「そのとおりだ。ロクニイ(※7)の前に故障のロクサン、その前に榛名の乗るロクサンをつける」

 

車両故障を起こしていたのを聞きつけたマニアが沿線に沢山集まっていた。

それもそのはず。

めったにない機関車5両と客車による峠越えだ。

通常、多くても機関車4両だ。

こんなことはめったにない。

これは運転側も同じ。いつもよりも後ろから押してくる力が強まるのが容易に想像できる。

榛名「わかりました」

 

ここに峠の機関士と整備士にとって長い時間が始まった。

 

榛名「ロクニイの運転手さん、こちらはロクサンです」

隼鷹「お!その声は榛名だな!」

榛名「隼鷹さん!今日は、これで上がりですか?」

隼鷹「いや、まだあさまに乗務するよ。はい、制動試験、緩解」

榛名「じゃあ、また登るんですね。制動試験、緩解。」

シャー

ブレーキの音の中に、無線の声が聞こえてくる。

隼鷹「おうよ。次は空釜の女神かなー。それともおっかない加賀さんかなー」

その声は楽しみに満ちていた。もう、 鉄道員 ( ぽっぽや ) としては長いはずなのだが、まるで初めて機関車を運転する新人のようだ。

榛名「加賀さんの無線、少し迫力ありますもんね」

少し笑いながら隼鷹と会話する。

たわいもない会話をしながら制動試験を進めていく。

 

一方、横川運転区。

 

明石「ピット線空けて!来たらすぐに入れられるようにするよ!」

夕張「わっかりましたー!」

急いで故障機関車を受け入れる準備を進めていた。

明石「多分、症状聞いてる限り、すぐに直ると思うんだけどなぁー」

夕張「でも、発電が立ち上がらなかったってのは気になりますね」

明石「そこは降りてくるときにわかるでしょ。継電器が原因なら運転継続できるし、本体がおじゃんなら降りてこれないはず」

夕張「確かにそうですね……」

 

再び軽井沢駅

榛名「はい、制動試験完了!制動軸数100%!」

隼鷹「はい!試験完了、制動軸数100%!」

榛名「過速度検知装置(※8)、入投入。客車列車、『高』!」

榛名「1番、出発進行!」

隼鷹「1番、出発進行!」

ピィィィィィ――――――――!

長い汽笛を鳴らしてゆっくりと動き出した。

初期のころの茶色に塗装を塗り替えられたEF6325号機が先頭だ。後ろに青色とクリーム色の標準色であるEF63を3両、そして同じ塗装のEF62型電気機関車を1両、その後ろに白と赤色の塗装をまとった、『スーパーエクスプレスレインボー』を連結して峠越えを始める。

ブロアーが大きく唸りをあげる。ここからが真の峠越えだ。

榛名「ATS白色点灯、上りヨシ、協調ヨシ、動作ヨシ、高ヨシ!バーニア600、シリスまで願います!」

隼鷹「バーニア600、シリス了解!」

ノッチを1つずつ確実に投入していき、速度を上げていく。

速度が34km/hまで上がるとノッチオフにした。

榛名「ノッチオフ願います」

隼鷹「ノッチオフ!」

カチッカチッ

マスコンハンドルがそれ以上奥に行かないことを確かめる。

逆転ハンドルを前進位置からさらに押し込み、発電に切り替えた。

榛名「逆転ハンドル、発電位置ヨシ!」

これで、この機関車全体は大きな発電機になった。

この発電機の抵抗を利用してブレーキをかけるのが発電ブレーキだ。

榛名「第一閉塞(無閉塞運転禁止)進行!」

隼鷹「第一閉塞進行!今日もいい声だぁ」

榛名は計器に集中していた。

なぜなら引き返した原因が発電ブレーキが立ち上がらなかったからだ。

これでダメなら、また引き返すことになる。

いよいよ、最初のトンネルだ。

榛名「B2段願います!」

隼鷹「B2段、了解!」

カッチンカッチン

 

発電ブレーキの感覚を確かめながら、順にノッチをB5段まで上げていく。

同時にブレーキ弁を操作して、抑圧ブレーキを立ち上げる。

勾配標が66.7と書かれているのを確認。いよいよ66.7‰に突入した。ここからが峠越えの神髄であり一番の難所である。

すると間もなく、電流計が250Aを示す。

そして、

榛名「発電表示灯点灯!発電立ち上がり確認!」

隼鷹「はぁー、こっちも発電表示点灯確認!オッケーだね!」

二人はホッとした。

あとはこのまま、無事に横川まで降りるだけ。

これが点灯するまではブレーキのないジェットコースターに乗っている感覚でヒヤヒヤするとある機関士は言っていたがその通りだと榛名は思った。

前照灯がトンネルの闇を照らす。

唸りと高熱を放ちながらロクサンは下っていく。

いくつものトンネルを越えて中継信号機(※9)が見えてきた。

榛名「第二中継進行!次は熊ノ平、通過!」

隼鷹「第二中継進行!次、熊ノ平、通過!」

榛名「第一中継進行!」

隼鷹「第一中継進行!」

場内信号機が青色で灯されている。

榛名「場内進行!」

隼鷹「場内進行!」

ピィィーーー!

汽笛をいつもより長めに鳴らす。

視界が開けた。熊ノ平信号場だ。

噂を聞きつけたカメラマンがいっぱい居る。

最近は多くなっていたが今日はさらに一段と多い。

一斉にレンズを向けてシャッターを切っている。

そんな中をロクサンとロクニイは唸りと灼熱を放ちながら通過していく。

夏の暑さに加えて、主抵抗器から放熱されるこの熱だ。周囲に陽炎が現れている。

汗もポタポタと滴る。

そんな汗をタオルで拭いながらさらに峠を下りていく。

カーブの先に中継信号機が見える。

縦一列。進行だ。

榛名「出発中継進行!」

隼鷹「出発中継進行!」

ノッチを少し落とすと後ろが勾配に残っているので、大きな力で押してくるのがすぐにわかる。

榛名「出発進行!」

隼鷹「出発進行!」

窓を開けて後部を榛名が確認する。

隼鷹がそろそろ確認するころだろうといわんばかりに親指を突き立てる。

榛名「後方、ヨシ!」

再度、トンネルに突入し、発電ブレーキを立ち上げる。

正常に機能していることを確認して降りていく。

トンネルを抜けるとコンクリートで作られた新線の橋梁とアプト時代の煉瓦造りの橋が見える。

そして、最後の1号トンネルに入る。

EB装置の警告音を聞いてはリセット操作を繰り返しながら降りていく。

緑が見えてきた。

いよいよ出口だ。

 

ピィィーーーーー!

 

暗闇からの開放感を味わうように汽笛を長めに榛名が鳴らす。

隼鷹「いいねぇー。やっぱりロクサンはこの汽笛だよねぇー!」

左手に丸山変電所跡の煉瓦造りの廃屋が見えてくる。

進行方向に裏妙義の黒い山肌が目に見えてくる。その様子はまるで大きな壁といったところか。

榛名「第一閉塞進行!次は横川!1番着!」

隼鷹「第一閉塞進行!はい!横川!1番!あんがとー!」

榛名「こちらこそ!」

お礼の汽笛を鳴らす榛名。

66.7‰の勾配標識の横を通過していく。ここからは勾配が緩くなるので、ノッチを戻し始める。

過速度検知装置を切る。

66.7‰を越え、25‰の緩やかな下りに変わる。

裏妙義を目前に見ながら列車は速度を上げて降りていく。

踏切を越えると、赤と黄色が並んだ信号機が出てくる。

横川駅場内信号機だ。

榛名「横川1番場内、注意!制限45!」

隼鷹「横川1番場内、注意!45!」

ブレーキ弁をキックオフ(※11)し、横川駅のホームに入っていく。

徐々にブレーキを操作して速度を落としていく。

ジリリリリリリ……

ロングATS地上子を踏んだ。

すぐに確認ボタンを榛名が押す。

ベルからチャイムに切り替わる。

キンコンキンコンキンコンキンコン……

徐々に減圧をして、スーッと振動もなく横川駅に着いた。

榛名「横川ちゃーく!」

直ちにノッチオフを行い、逆転ハンドルを発電から前進に切り替える。

チャイムを切り、ATS電源を落とす。

その間に連結部では急いで切り離しが行われていた。

係の合図で少し前に出る。切り離しもしっかりできた。

そして、入換信号機を確認して、機待線に引き上げる。

運転区への入庫を待っているとその横をEF62の臨時列車が通過していく。

運転士の隼鷹がニコニコしながら、手を振っていく!

榛名はこれからの彼女の乗務の無事を祈りながら大きく手を振って応えた。

 

 

 

提督「ほぇー、確かにすげぇや」

赤城「おかげでしばらく伝説の5両を降ろした女って言われてましたね」

金剛「スゴイデース!」

 

提督「そういえば最後の3037M列車は誰が押し上げたの?」

赤城「それはですね……」

ガチャ

加賀「私よ。提督」

提督「マジかよ」

赤城「最後、大泣きしてたんですから」

赤城が必死に笑いを堪えているのがわかる。

加賀「赤城さん、その話は」

提督「聞いてみたい!」

榛名「私も聞いてみたいです」

コンコン

磯波・吹雪・綾波・由良「失礼します。遠征から帰投しました。」

磯波「何やら盛り上がっていたみたいですけど」

提督「おお、ちょうど碓氷峠の話をだ」

吹雪「懐かしいですね!3037M、3分延!横川、4番出発進行!」

提督「ふぇ!?」

吹雪「えへへ、実は、最終のあさまに乗ったのは私なんです!」

提督「マジか」

磯波「懐かしいですね。下り最後の出発合図を出したのは私です!」

赤城「そうそう、花束は明石さんと夕張さんと磯波ちゃんが渡して」

加賀「そして、非番の由良と綾波があさまに乗っていた」

由良「提督さん、最後の特急券ですよ」

そこには

上野→長野

9月30日 2100発 2358

あさま37号

の印字が。

そして手書きで

9/30 3037M上野車掌 

の文字と『大淀』の印鑑が押されていた。

ガチャ

大淀「書類をお持ちしました」

提督「ありがとう。ねぇ、大淀さん、最終あさまの車掌だったの?」

大淀「あら、懐かしい。由良さん、まだ持っていたんですね!」

由良「ええ、最終列車ですから」

 

赤城「さてどこから話しましょうか……」

 

 

 

 

 

 

 

第3章 時来たる日 〜峠最後の日〜

 

 

 

 

「吾妻はやとし 日本 ( やまとたけ  )    嘆き給いし碓氷山 穿つ隧道二十六 夢にもこゆる汽車の道 みち一筋に学びなば 昔の人にや劣るべき 古来山河の秀でたる 国は偉人のある習い」

―――『信濃の国』6番より

 

1997年9月30日

 

長野県県歌『信濃の国』にもうたわれる碓氷峠、横川軽井沢間。

100年以上の歴史を見てきたレールに別れを告げる日がやってきた。

今日もロクサンの案内を受け、峠を登り、降りていく列車たち。

線路わきに猿の親子が鉄路をじっと見つめている。

線路わきにススキが生え、丸山変電所跡地に秋桜が咲き乱れ、季節が秋であることを告げている。天気は晴れ。どこまでも透き通った青。素晴らしい秋晴れだ。

そんな光景も今日が最後だ。明日からは新幹線がトンネルを駆けぬけ、あっという間に群馬県と長野県を結ぶ。

 

信越本線横川駅

 

朝から大勢のファンと報道陣であふれていた。すべての列車が都心のラッシュ時間のように満員になっている。

赤城「ありゃー、これじゃ、積み残し出ますね」

磯波「今日は横川にとって長い長い1日になりそうですよ」

それだけ、この区間に別れを告げるために大勢の人が来ているのだ。

ついこの間、秋雨の中行われたさよならイベントの人出とはわけが違う。

運転区のテレビでは横川駅から中継しているズームイン朝!が流れている。

リポーター「私はこれから、長野駅まで行ってきます!明日の朝、テレビ信州のアナウンサーと一緒に新幹線開業のリポートの仕事となっております!」

発車ベルが鳴る。

リポーター「……私、スタッフから横川の釜飯を貰いましたが箸を貰うのを忘れました!箸がありません!」

休憩中の数人が笑っている。どうやら、本当にスタッフが箸を渡し忘れたらしい。

無情にもベルが鳴り終わりそのままドアが閉まり、峠を115系がEF63に押されて登って行った。

「あーぁ、可哀想に」

笑いながら運転区の窓からそのリポーターが乗った列車をのぞき込む乗務員。

横川駅1番線に設置された寄せ書きには多くの感謝の言葉、ねぎらいの言葉、そして別れの言葉が書かれていた。

改札中に一人の白髪に角をちょこんと生やした小さな女の子が来た。

「どうした?お嬢ちゃん」

「オネエチャンガイナイノ」

少し泣きそうな様子を彼女はしていた。

あらかた、連れの者とはぐれたのであろうと察する駅員。

「あぁ、なるほどねぇー。事務室でまってくか?」

「……ウン」

事務室にきれいに磨かれ、一部の蓋にメッセージが書かれて置いてある釜飯をじっと見つめる少女。

駅員がお菓子を持ってきた。

「コレナニ?」

少女が駅員に不思議な顔をして尋ねる。

「これかい?釜飯っていうんだ。碓氷峠を越えるには欠かせないものさ」

「ロクサントオナジ」

おぉと感心する駅員。マニア以外にはロクサンと言ってもピンと来ないからである。

たいていのお客さんには補助機関車と説明するからだ。

「おお、そうだ。ロクサンと同じ。峠の友さ」

1人の駅員があることを思いついて提案した。

「なぁ、今夜の最後のロクサンに乗っける釜飯に書いてもらわんか?」

なるほどと感心する駅員。いいファンサービスになるだろうと思い、提案を受け入れた。

「いいね。書いてもらうか。ファンの代表としてな」

「メッセージカイテモイイノ?」

「おうよ」

 

駅員の怒号が飛ぶ。『危ないから下がれ』と繰り返し叫んでいる。

釜飯の売り子にも殺到。

1列車着くたびに瞬殺で売れていく。

こんな状態が夜遅くまで続いた。

 

特急あさまの車内の電光掲示板にはこんな表示が。

L特急「あさま号」をご利用いただき誠にありがとうございました。今後とも新幹線「あさま号」のご利用をお願い申し上げます。』

 

 

 

第4章 単171レ 〜2号機 不帰 ( かえらず ) の旅路〜

 

 

横川運転区

那智「―――以上で変則行路、単171レの点呼を終わります。」

区長「はいよー、相変わらず固いなぁー」

そういいながら、コップからお茶を飲む区長。

那智「お言葉ですが、区長がのんきすぎるのかと」

区長が那智にポンと肩に手をかける。

区長「ま、たまには力抜けや。今日はご覧のとおり超満員。こういう見えないところで、ゆっくりするのも大事だぞぉー」

運転区から外を見ると横川駅構内と沿線にたくさんの人の山ができている。

那智「……はい」

機関士A「それにしても、なっちゃんが2号機の最後の運転士ですか。また、区長も大役任せましたね」

区長「なーに、乙松さんが育て上げた機関士だ」

機関士B「あの乙松さんが?」

区長「そうだ。今じゃ北海道の駅長だけど、昔は腕のいい機関士さ。そんな 鉄道員 ( ぽっぽや ) が師匠だったんだもの。間違いなく2号機の最期を飾る大役にふさわしい!」

機関士A「そんじゃ、なっちゃん!先導、お願いします!」

那智「任せてくれ!」

機関士B「やっぱ乙松さんの育てた人だわ。うん、わかる」

外に出ると近くの山の山頂からも写真を撮っている人がいる。

その場所を誰が始めに呼んだかは定かではないがこう呼ばれていた。

―――ざんげ岩と。

 

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